寺嫁主婦のよもやまブログ

元司法試験受験生だったアラサー主婦がよもやま話をするブログ

【事実ネタ】原爆投下74年、長崎で平和式典

1日遅くなってしまいましたが、今日はこの記事でしょう。本当は8/6の広島でもテーマにすべきでしたが、その時は表現の不自由展の記事でアップアップでした(汗”
私も、世界平和を願いつつ「長崎を最後の被爆地に」という想いです。

 

 

核兵器根絶は難しい

毎年、この時期になると広島と長崎では平和への祈りと共に、核兵器根絶が叫ばれています。

しかし終戦後74年も繰り返し同じ主張がなされているにも関わらず、なぜ核兵器は無くならないのでしょうか…?

それはズバリ、核兵器が武器として最強だからでしょう。何にしても強力な武器は魅力的なはずです。

 

核兵器根絶は難しい…というか、はっきり言って無理だと私は思います。私たち人類は既に核兵器を作り出し、使用し、犠牲者を出してしまいました。核兵器を知らなかった過去には戻れないのです。私たちに残された道は、核兵器の存在する世界とどう向き合っていくか、だと思います。

 

しかしそれは、核兵器を兵器として存在させることを必ずしも意味しません。核兵器にしろ核爆弾にしろ、概念として存在するに留めるという方法もあると思うのです。絶滅動物を書物の中で知る、みたいな感覚です。

ではそのような形で核兵器と共存することはできないのでしょうか?

 

核兵器であることの必要性

爆弾として持つことのメリットとして一番に考えられるのが、抑止力に期待が持てるということが予想されます。現に日本の平和はアメリカの核の傘に守られている等と揶揄されることがあります。

ここに「使わずとも持っているだけで意味がある」という状況が作り出されています。使わなければ被害者も出ないですから、被害者の苦しみの存在は軽視されがちです。

 

ただ個人的には、この核の抑止力はいつまでも続くものだろうかという疑問があります。要は「持つ者」が「持たない者」に対して圧をかけられる、という話なので、結局みんな欲しがるのでは?という危惧があるからです。そして全員が持てば、その抑止力などあっという間に希薄化してしまうと思うのです。


一方で爆弾として持つことのデメリットも考えられます。あくまで個人的な感想ですが、やっぱり持ってたら使いたくなるだろうし、爆弾として実物で所持していたら誤爆の危険性だって常にあると思うのです。また、本来はこれが一番に来るべき理由ですが、使ってしまった時の被害が甚大過ぎます。後遺症とか環境汚染とか挙げたらキリがありません。持つことでその被害発生の確率を上げてしまうというのなら、持たないほうが良いに決まってます。

 

核兵器廃絶後の未来とは

しかし仮に「持たない。全部なくす」と決めた場合、世界にはどの様な懸念事項があると想定されるでしょうか?

例えばアメリカやロシアが核兵器を全て処分したとしたら、これら大国に反発してた国が当該国に戦争を仕掛ける、ということになりはしないでしょうか?一応、核兵器は全ての国が廃棄したという仮定で話を進めたとしても、軍事兵器とは核だけでは勿論ない訳です。つまり、核の驚異が去ったことで新たな争いの火種が生まれやしないかという懸念もある訳です。

この様なシミュレーションも、核兵器の根絶に待ったをかける要因の1つになりうるでしょう。

 

それでも核廃絶を目指すなら

結局、核兵器なんか持たないに越したことはないけれど、「紛争あるところに兵器あり」な訳で、紛争解決手段が最終的には武力&戦争である以上、兵器として最強の核兵器を廃絶するのは、悲しいかな現実的でないと考えるしかなさそうです。


けれどやっぱり、核兵器なんて無くなればいいとも思います。そして、もし仮に「本気で無くそう!」と思うのならば、(被害の悲惨さという感情に訴えること以上に)核兵器が現実に役立っている側面に着目して、その代替案を考えるべきだと、私は思います。

 

仮に、核による紛争抑止力こそが核兵器の利点であると結論付けるならば、それ以外での紛争抑止方法を新たに考案する必要があるでしょう。根本的に別の方法を模索するでも良いし、あるいは国連などの超国家的存在の力を強くして、核兵器を使用した国へのペナルティを強化するなど、核兵器を使うほうが損になる環境を整えるなどするのが有効だと思います。

 

また現状、国家間での紛争解決手段が最終的には軍事力で行われていることを改善する為に、国際的な司法の場を今より更に整備し、誰も死なずに済む解決手段を新たに作り上げることも必要かも知れません。  

 

私は、唯一の被爆国である日本にこそ、この様な活動を行うべき責任があると思っています。

 

終わりに

私は今後、核兵器の抑止力は将来的に薄らいでいくと思うし、兵器として持っていれば被害が発生する可能性が常につきまとう以上、いつかは全世界の非核化を達成すべきだと思います。

しかし現状、核兵器に代わる抑止方法のない状況で非核化を推し進めていくことは、不要な争いを呼ぶ恐れがあるため時期尚早だとも思います。

 

世界の非核化を進める為には、外堀を埋める的な作業が必要になってくるのではないか

 

という持論を述べまして、今回のまとめとさせていただきます。

 

 

最後までお付き合いくださりありがとうございました。

ではまた(^-^)/